ずぼらな書体で粋な漢字をデザイン・39デザイン事務所(88)「妻がいるという事」第二章・ある男の誕生①

終わる始まるある男の誕生(Birth of a man)

長年に渡って、知らず知らずのうちに妻を苦しめてきた私。

そして、突然の妻からの宣告「離婚したい」

相手の気持ちも考えず、好き放題やってきた私への当然の報い。

「因果応報」自分がした事は必ず自分に返ってくる・・・

当然の報いである。

でも、離婚により妻のその後の人生が苦難に見舞われるのであれば忍びない。

今は、今後の妻の人生が、少しでも良い方向に進めるように出来る限り協力したいと思う。

ある男の誕生

M県の北に位置する、K市(当時K郡S町)で私は三人兄弟の次男として生まれた。

2歳年上の兄と、3歳年下の弟と私の団子3兄弟ならぬ、男3兄弟。

物心ついた頃から、兄は地域のリーダー的存在だった。

いわゆる、「ガキ大将」。

父親は、かなり気が荒く、若い頃から喧嘩が強くて有名だったそうで(祖母談💦)、その血を受け継いだのだろう。

小学校の頃から兄に守られて、歳上に対してもお構いなし。

かなり、生意気なガキだった。

中学に入るとその生意気さは更に加速して、教師に対してもかなり扱いに困る生徒の一人だった。

当時、ヤンキー全盛期で、学校にも幾つものヤンキーグループがあったが、私は集団で徒党を組むことが嫌いだった。

それで、幼馴染のYといつも2人でつるんでいた。

Yは、小学校の頃から私の子分で、勉強は全くできなかったがとにかく、ひょうきんでクラスの人気者だった。

それが、小学校の高学年になった頃からYの運動神経が覚醒し学年でも1・2を争うほどの身体能力を発揮するようになり、それと共に喧嘩の腕も爆上がり!

最強のパートナー、最強のバディ。

二人だけだが、どのグループからも一目置かれていた。

私が中学に入学した時、兄は3年だった。

先輩達にも「○○さんの弟さん」という事で、どんなに生意気でも私に手を出す先輩は一人もいなかった。

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私は、完全に調子に乗った。

こうして、無用の「クズ」が出来上がっていったのだ・・・

今、振り返ると当時の私は、教師・先輩・後輩・同級生にさえ厄介な存在だったと思う。

現に、2人の男性教師から毛嫌いされていたのをハッキリと自覚していた。

それでも、そんな事には全くお構いなしで、わがまま放題、好き放題。

とにかく、毎日自分勝手に生きていた。

今思うと、そんな私に傷つけられ嫌な思いをしていた人は、いったいどれ位いたのだろうか?

そんな事は、砂の一粒程も考えず私は私の愚行に気付くことが出来なかったのだ・・・

そんな調子で中学2年に進級した。

しかし、そこから私を取り巻く状況に、少しずつ変化が出始めるのだった・・・・・

     -ある男の誕生(Birth of a man)①-

次回に続く・・・

【ロゴ・漢字デザインの39デザイン事務所】

日本人にとって、日本語はもちろん無くては成らないもの。そして、日本語が持つ、言葉の力に励まされ頑張って来れたのだと思います。 もちろん私も、今までの人生に於いて、言葉に励まされた事は数知れません。言葉、ロゴを一文字一文字に、感謝の気持ちを込めて、お客様の為に 表現していきたいと思います!

投稿者: iiduka39

日本に生まれ、日本人としての誇りを文字に託して一筆、一筆心を込めてお書きいたします。どうぞ、お気軽にお問合せ下さいませ!

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